鍋島 Nabeshima

2010年03月11日

6 「鍋島」を育てていくことの大変さ

特約店さんが、いざ鍋島を販売しようとしても、既存のお客様は、普通酒(上撰等)を愛飲していただいている方がほとんどで、1升瓶で2,000円から2,500円の商品はなかなか手に取ってもらえず、実際、年末の贈答用として売れることはあっても、その酒として楽しむお客様は皆無だったのです。
そこで引き続き「鍋会」と称して月に1回特約店さんと勉強会を継続して行いました。例えば。飲食店様のメニュー、贈答用のチラシ、試飲販売など、それぞれが実践したことの意見交換を行い、特約店さんによる新しい市場開拓(価格競争のない、品質重視の市場)に力を注ぎました。
特約店さんは「鍋島」を店の柱にしようと色々な努力をしていただきました。しかし最初から「鍋島」は思うように売れません。弊社は、既存の富久千代・泉錦を売っていただいていたディスカウントストアやコンビニエンスストア、やる気をなくした町の酒屋さんからは徐々に撤退していきました。
この時期は、鍋島の増える量より圧倒的に富久千代等の減る量が多く、数量・売上ともに激減していき会社としては、大変厳しい時期が長く続きました。私にはこの低迷期耐え忍んで先に進まなければなりません。この時期に失くした多くのものを取り戻す自信がありました。決して一人ではなく家族、社員、仲間、強い思いがあるからです。
弊社の創り出すその全てが鍋島であり県内・県外問わず鍋島(弊社)の思いは一つです。

2002年「鍋島」東京の試飲会へ

地元のことは、地元の特約店さんに任せられるようになったころ、フルネットさんからお酒の展示会のご連絡をいただきました。「いつか東京へ」と思っていた私にとって絶妙のタイミングだと感じました。東京は鍋島のブランド磨きには次へのステップ、当たって砕けろでは駄目だと考えていました。東京浜松町で開催されたこの会には、妻と3歳の娘の家族総出で参加。お客様の反応がものすごく良かったのを思い出します。

急激に増え過ぎたお取引先とコミュニケーション不足

これは、私の営業能力の低さが招いた問題で、「鍋島」の思いを上手く伝えることが出来ずお取引にも大変ご迷惑をおかけしました。

東京、多くの方との出会い。

ブランド磨きをするには貴重な出会いがある場所。日本酒、焼酎、ワインのファン消費者、サービスを提供する方、流通、蔵元さんから色んな刺激を受け考え、鍋島はちょっとづつ成長。
posted by 鍋島 at 18:01 | 鍋島伝