鍋島 Nabeshima

2009年08月08日

1 「鍋島米」との出会い〜7gからはじまった新たな夢

富久千代酒造酒米「鍋島」との出会いは2005(平成17)年夏。明治時代ごろの品種で、北陸地方で作付けされていたことを人づてに知った私は、大変驚くとともに同じ名前に運命的な出会いを感じ、その米を何とか手に入れて、新たな感動を生む「鍋島」の酒を造りたいと思い立ちました。
その後、知人の調べで「鍋島米」が筑波の研究所に保存されていると分かり、わずか7グラムながら入手することに成功。それを無農薬農家の太田政春氏と佐賀県農業試験場でそれぞれ増やしていただきました。
2006(平成18)年6月。前述の太田氏に減農薬による米作りを依頼し、収穫した「鍋島米」による「鍋島」の酒造りを本格的に進めることにしました。この新しい試みには消費者の皆様にも参加していただこうと、農家さんとは別の場所で米作りを行うことに。少ない種籾を農家さんと分け合い、私たちは一粒ずつポット苗に蒔いて苗造りを行い、次第に青々とした苗(中苗)が育っていきました。
posted by 鍋島 at 18:15 | 二つの鍋島

2009年08月06日

2 雨にも負けず、風にも負けず〜皆様と「鍋島米」の基礎づくり

いよいよ田植え当日。大雨洪水警報が出た最悪の天候の中、総勢60人近い家族連れが集まり、田植えを開始しました。誰もが無口になるほどの強い雨で、午後からはバケツをひっくり返したような土砂降り。奮闘する子どもたちの背後では、雷がゴロゴロ、ピカピカ。何とか作業を終えて避難するように家路に着きましたが、誰もが植えた苗が心配で仕方がありませんでした。

その翌日に田んぼへ行ってみると、みんなの力と想いが乗り移ったのか、苗は多少曲がりながらも何とか大地に根を張っていました。「鍋島」は、他の稲に比べて青々として明らかにのっぽで屋傘は99.2cm。その分、倒伏が不安ですが、無事に成長していってくれました。

しかし、出穂期も過ぎてこれからという時に大型台風が直撃(9月17日)。しかも被害の拡大しやすい佐賀の西側を通過するコースで、通過する時間帯の有明海は満潮と最悪の局面を迎えました。風も強まった台風の接近時、暗くなる前に様子を見に行ってみて愕然としました。周りの稲は立っているのに「鍋島」だけが倒れていたのです。言葉を失い、しばらく座り込んで眺めていると、背の高い「鍋島」だけが、身をかがめ風を避けているようでした。昔の品種ゆえ自然の摂理のままに、後に種を残すためにこんな姿をしているのでは。そんなふうにと思えてなりませんでした。
台風通過後の田んぼは「鍋島」だけが枯れ、雨に濡れた稲穂の沈んだ色が重々しく感じられました。根元から折れ、まるでじゅうたんを敷き詰めたかのようです。急いで農業指導員さんと農業試験場に相談したところ、稲を一株ずつ起こして4〜6株を穂の下方をわらで結び、ピラミッド状に立てるしかない。そのままでは品質も落ちて発芽しても駄目になるかも、とのことでした。

あの田植えの苦労を、みんなの想いを、ここで途切れさせるわけにはいかない。来年の種籾としてそのDNAを残し、伝えていかなければならない。急いで「鍋島」特約店のメンバーとシルバー人材センターに連絡して作業に取りかかりました。5日間に及ぶ炎天下の作業の末、辛うじて対処することができましたが、「鍋島」は大きなダメージを受けてしまいました。
posted by 鍋島 at 20:06 | 二つの鍋島

2009年08月04日

3.思い出を携えて〜待望の収穫、問題の等級検査

富久千代酒造
10月。稲刈り予定日は小雨だったため、佐賀のメンバーは翌週に延期しましたが、すでに現地に向かっていた福岡からのメンバーはこの日に決行。刈り取った「鍋島」は蔵に干しました。
翌週、秋晴れのもと、佐賀からのメンバーで刈り取り。1時間も経たないうちに蛙や虫に気を取られる子どもたちに対し、稲刈りマシーンのように動く親たち。その対比を見ているだけでワクワク、楽しげな気分になってきます。
それでも刈り取った稲を脱穀し、全員で稲をコンバインまで運ぶ作業ではみんな一生懸命で、実にいい笑顔を浮かべていました。脱穀した稲をベッドに大寝転がる子どもたち。この日の青く大きな空、稲の匂い。心の片隅にでもずっと覚えておいて欲しい、と願わずにはいられませんでした。
全ての作業が終了して全員が集まった時、参加者から自然と拍手が沸き起こりました。稲刈りはこの日が4回目でしたが、こんなことは初めてで感動もひとしお。改めて参加者の方に感謝しました。決して出来映えは良くありませんでしたが、一人ひとりが収穫の喜びを感じていたように思えました。収穫は私たちの田んぼから3俵、農家さんから6俵。自然の恵みに、ただただ感謝です。
そして、何とかこぎつけた問題の等級検査。検査員は、初めて手に取る米で比較の仕様もないため少々、困惑気味でした。「その他のうるち米」として検査していただきましたが、結果は等外扱い。等外の米だと酒を造っても「純米酒」などの特定名称表示ができず、純米スペックで造っても普通酒扱いになってしまうのが残念でしたが、こればかりは仕方がありません。検査していただいた関係者の皆様には心よりお礼申し上げます。
posted by 鍋島 at 20:07 | 二つの鍋島

2009年08月02日

4 そして、「鍋島」が「鍋島」に生まれ変わった

翌年1月28日。鍋島米を使い「鍋島」の仕込みを行いました。玄米で約540kg。これを精米して300kgの白米になります。当日は、麹米と蒸した米をタンクに仕込む作業と、鍋島米の洗米を行いました。仕込みが小さいため仕事量が少なく、参加者の多さから全員が作業に関わることができませんでしたが、それぞれに役割を果たしていただきました。発酵の管理は、箱入り娘のよう大切に冷蔵庫に入れ、温度管理に移行しました。
40日後、無事に搾りも完了。ビン詰めして低温で熟成させました。ラベルデザインや化粧箱の準備などに時間がかかりましたが、これで待ちに待った完成。2007(平成19)年9月11日、正式発売の日を迎えました。
このプロジェクトは、弊社で毎年実施している「マチとムラを繋ぐ運動」の一環として行われました。最終目標は鍋島米による酒造りですが、そのプロセスの中には家族で鹿島の自然を満喫していただこうと干潟体験やカブトムシ取り、川遊び、芋掘り、生海苔の試食などを行い、地元の豊かな水や土、済んだ自然の空気や地元の人の息づかいを感じていただき、楽しい思い出も作ってもらえたと自負しています。
「鍋島米での酒造り」という思いつきの夢を実現できたのも、消費者の皆さんや農家さん、農業試験場、鍋島特約店、蔵元など多くの方々の協力があればこそ、です。
富久千代酒造「鍋島」という日本酒による「満足」を、それを超える新たな「感動」を与えられるためにも、そのバックグランドにある自然への「感謝」を忘れずに、「情熱の酒 鍋島」を皆様とともに育てていきたいと思っています。
2008(平成20)年6月には鍋島米の二造り目の商品を発売するに至り、今日も酒米「鍋島」による清酒「鍋島」造りは着実に進んでいます。これまでご協力、ご参加していただいたすべての方に感謝するとともに、これから出会うまだ見ぬ人との出会いを楽しみにしています。
posted by 鍋島 at 20:10 | 二つの鍋島